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浦和地方裁判所 平成10年(行ク)5号 決定

主文

一  申立人の申立てを却下する。

二  申立費用は、申立人の負担とする。

理由

一  申立人の申立ての趣旨及び主張は、「債権者」を「申立人」に、「債務者」を「相手方」に改めるほか、別紙一のとおりであり、これに対する相手方の主張は、「原告」を「申立人」に、「被申立人」、「被告」及び「被告ら」を「相手方」にそれぞれ改めるほか、別紙二及び三のとおりである。

二  一件記録によると次の事実が認められる。

1  相手方は、昭和四八年四月一日付けで、申立人を埼玉県公立学校教員に任命し、右同日付けで、埼玉県立熊谷高等学校教諭に補し、同校定時制過程(以下「熊谷高校定時制」という。)の勤務を命じた。申立人は、保健体育を担当する教員であった。

2  相手方は、平成一〇年度の人事異動を推進するため、「平成一〇年度当初教職員人事異動の方針」、「平成一〇年度当初県立学校教職員人事異動実施要綱」及び「平成一〇年度当初県立学校教職員人事異動取扱要領」(以下「平成一〇年度当初人事異動要綱等」という。)を定め、教職員の転任、転補については、全県的視野から、学校間の教職員構成の均衡を考慮し、教職員組織の充実を図るとともに、教職員の職務経験を豊かにするため、人事の交流を積極的に行うこととし、児童、生徒の減少に伴って、配当定員に対して過員を生ずる場合は、その調整のための異動を優先させることや、学校の気風の停滞を防ぐとともに、職務経験を豊かにするため、同一校勤続年数の長い者、特に、同一校における在職年数が一〇年以上の者については、計画的かつ強力に異動を行うこと等を定めた。

3  埼玉県立高等学校の教員数は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律三一条三項、埼玉県学校職員定数条例、埼玉県立高等学校管理規則六条二項、公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律等により定められるところ、相手方は、一学級の生徒数が四〇名であることを前提として、平成九年一〇月一日当時の生徒数から平成一〇年度の学級数を算出し(新二年生、新三年生、新四年生(定時制のみ)は、前年度の一〇月一日当時の一年生、二年生、三年生の生徒数より定め、新一年生は、募集人員に基づいて定めた。)、右学級数に応じて教員数を定めた。

熊谷高校定時制の平成九年一〇月一日当時の生徒数は、一年生が三六名、二年生が四八名、三年生が五二名であり、新一年生の募集人員は四〇名であることから、平成一〇年度の一年生及び二年生の学級数は、各一学級、三年生及び四年生のそれは、各二学級とされ、これまでの八学級から六学級に減少することとなり、これに伴って、教員数も一六名から一三名まで減少し、三名の過員となった。

4  申立人は、熊谷高校定時制に保健体育を担当する教員として二五年間勤続しており、一方、埼玉県立児玉高等学校(以下「児玉高校」という。)の保健体育を担当する教員が定年退職となったため、相手方は、欠員となった児玉高校の保健体育を担当する教員の補充として、申立人を児玉高校に異動することとし、平成一〇年四月一日付けで、申立人に対し、児玉高校教諭に補した(以下「本件転任処分」という。)。

5  申立人は、現在、児玉高校で教員として勤務し、教育活動を行うとともに、相手方の発令により、一週間当たり二時間、熊谷高校定時制において、兼務として授業を行っている。

6  申立人は、平成一〇年一一月一三日、当庁に対し、本件転任処分の取消し等を求めて訴えを提起するとともに(当庁平成一〇年(行ウ)第三四号職務命令の取消請求事件)、配置転換命令効力停止決定の申立て(以下「本件申立て」という。)をした。

三  申立人は、本件転任処分は、組合執行委員経験者の配転を強権的に進め、組合活動の弱体化をねらった不当労働行為であり、熊谷高校定時制の定時制教育に回復困難な損失を与えるし、特に、申立人が担任する学級には、ダウン症の障害者が通学しており、申立人と右障害者との間において、ようやく意思疎通ができる関係が築けたところで、突然、担任である申立人が熊谷高校定時制を去ることは、右障害者の死活にかかわり、本件転任処分の効力を停止しなければならない緊急の必要性があると主張する。

しかし、本件転任処分は、県教職員の任免その他の人事に関する事項を管理、執行する職務権限を有する相手方が、熊谷高校定時制の教職員の過員に対応するとともに、平成一〇年度当初人事異動要綱等の客観的な基準に従って、熊谷高校定時制での勤続年数が二五年間である申立人を保健体育の教科で欠員が生じた児玉高校の教諭として転補したのであるから、これが、組合執行委員経験者を配転することによって組合活動の弱体化をねらった不当労働行為であることを認めることはできないし、申立人は、県教職員としての公の教職に従事する者であるから、他の埼玉県立の高等学校の教職員として補されることは、その地位に伴って当然に予定されているというべきところ、本件転任処分の結果、申立人に回復困難な損害が生じたことを認めることもできない。

なお、申立人は、本件転任処分によって、熊谷高校定時制の定時制教育に回復困難な損害を与え、また、申立人が担任していた学級の障害者等に重大な悪影響を与えた旨主張するが、申立人の主張する右損害及び右障害者への重大な影響が仮に存したとしても、これらはいずれも申立人の損害と同視することはできないので、回復困難な損害の有無の判断の対象とはならず、これを前提とする申立人の主張は、失当である。

よって、本件申立ては、理由がないから、これを却下することとし、申立費用は、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 白井幸夫 檜山麻子)

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